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『ザ・ビートルズ日本公演』は、ビートルズが訪日した1966年に行われたビートルズの日本武道館公演(6月30日 - 7月2日まで)の7月1日(金曜)昼の部を日本テレビが録画し、7月1日21時〔この枠は通常は1時間ドラマ枠であるが、前週の6月24日に『明治天皇』(第1部。YTV制作)が終了し、翌7月8日より『赤ちゃん誕生』(松方弘樹主演版。YTV制作)が始まっていた。因みに『明治天皇』の提供も当番組と同じライオンだった。〕から1時間番組として放送した日本のテレビ史上に残るカラー放送の音楽番組。視聴率は56.5%を記録(ビデオリサーチ・関東地区調べ)〔引田惣弥『全記録 テレビ視聴率50年戦争―そのとき一億人が感動した』講談社、2004年、2頁、94頁、223頁。ISBN 4062122227〕。これは2007年9月現在も特別番組の視聴率日本最高記録である。 1978年(昭和53年)に「ビートルズ日本公演!今世紀最初で最後たった1度の再放送」として放映されたものは1966年6月30日の夜公演であり、再放送ではない。VHSやレーザーディスクで発売されたバージョンもこちら。 == 概要 == この番組は日本テレビ(以下NTV)と中部日本放送(以下CBC)、当時まだアメリカ合衆国の施政権下にあった沖縄を含めた日本各地の31社の計33局をネットして放送された。NTVとの同時ネットは読売テレビ(YTV)など15局で、その他の局が遅れネットで放送した。この番組は2インチの放送用カラーVTRで収録され〔NTVでは1959年11月中旬に、日本で初めて2インチのカラーVTRを導入し(購入当初は米RCA社製の輸入品だった)、直ぐに運用を開始しており、この日本公演も2インチカラーVTR(ローバンド方式かハイバンド方式かは不明)で収録された。〕、同時ネット局はカラー放送だったが、遅れネットの局はモノクロ放送であった局が多かった〔広島テレビは遅れネットながら新聞の番組表に「カラー」表示があった(出典:1966年7月4日、産経新聞・岡山版)。〕(ネット局は#ネットしていた局を参照)。 番組内容は、前半がE・H・エリック(公演の司会者)とビートルズのメンバーによる対談、後半が公演の録画という構成である。当時ビートルズはコンサート活動に嫌気が差していた時期に入っていたこともあってか、公演で演奏された全11曲のほとんどが、実に散漫な歌い回しであった。そのため、失望した熱狂的ファンも多かった〔楽しみにしていたファンの中には「こんなの、ビートルズじゃない!!」とがっかりした者(この中にはのちにビートルズ研究の一人者として知られる香月利一がいた)や、また、ビートルズの曲とはどういうものか拝聴するという目的で見たまじめな学生の中には、あまりの散漫な内容に途中でNHK教育テレビの『ヨハン・シュトラウスの夕べ』という番組に切り替え「音楽とはヨハン・シュトラウスのようなものを指すのだ。レコードで聴くビートルズは音楽を感じさせてくれるが、この日のテレビでの演奏は音楽といえない」と新聞に酷評を投書した人もいたという()。〕。とはいえ、ビートルズのコンサートが鮮明なカラーのVTR映像で残っているのは歴史的財産であり、現在では日本テレビや、ビートルズの版権を管理するアップル・コアがカラーVTRを保管するほどの貴重な映像遺産として扱われている。 この番組のテーマ曲は「ミスター・ムーンライト」が使われた。訪日時のモノクロ映像にこの曲がかかっていたシーンは、リアルタイムで観たファンの目と耳に焼き付いて離れないほどであった。この曲が選ばれた理由はイントロの無い曲を探した結果、同曲しかなかったからとのことである(しかし実際は、同曲以外にもイントロなしの作品はある)。 なお会場には、日本公演および当番組のスポンサーであった「ライオン油脂」と「ライオン歯磨」(現在は統合されてライオン)の看板が掲げられていた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ザ・ビートルズ日本公演 (テレビ番組)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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